20071030
その赤く色づいた部分を指先でそっと挟む。
何かが、起こる。
その結末さえもわたしは知っているのだ。
それでもわたしは遂げるだろう。
期待しながら、いくぶん戸惑って。
その赤く色づいた部分を指先でそっと挟む。
時は来た。
(セッド・ジニアス)
素晴らしく情熱的なポエムである。
タートルネックを着たジェレミー・デュフールあたりに朗読させたい(どう考えてもドサ回り)
というわけでさっそくわたしも、その赤く色づいた部分を指先でそっと挟んでみることにした。
下の図を見て欲しい。

古い携帯画像なので見にくいと思うが、ナンシー画伯作の高嶋政伸である。クリックで少しだけ拡大されるかもしれない。
下の部分に赤い出っぱりがあるのが見えるだろうか。この部分を引っ張ってみよう。
大方ネタバレしているようなもんだが、まあとにかく引っ張ってみる。

入院生活という特殊な時間は、普段面倒臭くてまずやらないようなことを人にさせてしまう。
これはナンシー関著「何の因果で」の文庫本に挟んであった「泣き笑い高嶋政伸」という付録である。
この本を所有して恐らく5年以上は経つと記憶しているが、これを作ってみようと思ったのはこれが初めてだった。
作成するにあたってハサミが要るのだが、ないので手で少しずつ千切りながら作った。
そして満を持して引っ張った後、だしぬけに現れた政伸の顔の情けないことと言ったら・・・
わたしはテレビもネットもない入院生活で、はげしく噴き出したあの瞬間の快感を忘れられない。
そしてそれはナンシー関の偉大さを改めて痛感した瞬間でもあった。
さて退院後は掲示板のチェックも含め、「モデル辞典の古いエントリーの写真を入れ替える」という地味な作業に勤しんでみたのだが、
ジョージ・アランだけは何の因果かどうしても納得のいく近影を見つけられずにそのままにしてある。
「近影はあるにはあるのだが正直前のままのほうがベター」というのが実際は正しいところだが、
曖昧さをもって衝突を避けるのが日本人、などと人は言う。本意はぼかしておいた方がよかろう。日本人ならお茶漬けやろが、と過去ラモスに叱責されもしたがこの場合無視して次に話を進める。
各モデルの画像を探すべく掲示板を巡っていたのだが、ジョージ・アランだけにあらず近影に乏しいモデルというのが何人かいた。
単純にそこまでファンがついていない、投稿数が少ない、仕事が少ない、という若いモデルだったらまだいいのだが、栄華を極めたベテラン組のネタ不足というのは、いたずらに終焉を思わせて切ない。
わたしは実はウィル(will chalker)フェチでもあるからして非常にこのあたりの事情には敏感になっていたりする。
あのプレイボーイ然とした女性モデルとの絡み。・・・役得との声もあるようだがわたしは全然気にしていない。
あの人の良さそうなつながり眉毛。・・・両津との声もあるようだがもちろん気にしていない。
あのやたらと脱ぎまくるサービス精神。・・・これではネコならぬ○モまっしぐらなどといろいろな意味でうまいこと言ってしまったが、パーティジョークとしてはR指定である。引用には細心の注意を払っていただきたい(下司)。
とにかく、彼にはまだまだ一線でスーパーモデル業を貫いてほしいものである。
マティアス氏の方はこれといった大ニュースもないようで、しいて言うならヒューゴのショーに出てきたくらいだが、これも恒例になりつつあり、もはや珍しいことではなくなってきた。
それにしても考えてみれば、ヒューゴとはオレンジのときから含めかなりの長いお付き合いであり、広告の契約回数を見てもかなりマティアス氏をお気に入りと思われるが、いったいマティアス氏の何がそれほどヒューゴの琴線に触れるのだろうか。
いつかヒューゴのモデル採用担当者に、直接じっくりと話を聞いてみたいものだ。
もし叶うのなら、しゃもじを担いでメシ時に突撃してみようと思う。
最後になりましたが、セッド・ジニアスはプロレスラーです。
しかも日本人です。あの詩もでたらめです。情熱的とかホントすいませんでした。
2007年10月30日 │ モデル │ トラックバック:0 │ コメント:2
20071018
あれは前回の記事を書いているときに遡る。
筋肉痛に似た腹痛と微熱を特に気にもせず、私は元気よくおやつごろバタースティックを頬張っていた。思うにあれが最初の兆候だった。
今日で五日目の入院生活が過ぎた。そしていまだ病名も不明のまま立派な病人として囚監されている。
そんなわけでしばらく更新できないのだが、死なない限りいつか更新するつもりなので気長に待っていただけたら幸いである。
(コメントくださった美オタの管理人さま、そんなわけで急なことで詳しく書けずに本当に申し訳ありません。どうかお許しください。この文章も病室から携帯で書いており、代理のかたにアップしていただいております。パソコンを見られる環境にありませんので無責任で申し訳ありませんが、しばらくマグロ漁にでも出てると思って忘れてください。)
ご迷惑おかけしますが何卒よろしくお願いします。
2007年10月18日 │ その他 │ トラックバック:0 │ コメント:10
20071009
神田。
関西人にとってあとに続くのはうのではなく川、それも純粋な意味の川ではなく「オナスちゃん、ちょっと工夫で(以下略)」の方である。それこそが現実だと受け止めてほしい。
さてROGATISというのはどうやら韓国のブランドらしいのだが、ここのキャンペーンモデルに今季初めて抜擢されたマティアス氏である。
最近の彼にしては珍しい数人のモデルとの共演なのだが、ここの会社はいったいどんな規模の会社なのだろうか。
今回七人のうち少なくとも三人の有名モデルがキャスティングされており、結構な額の宣伝費を用意したのではないかとわたしはそろばんを弾いた。
「ジェレミーとマイケル、そしてマティアス。このうちの一人だけ使ってもそれなりにギャランティがかかるはずだが・・・」
「ルパン、何をしているの」
フジコの視線が痛い。弾いているだけなのがバレているらしかった。
「フジコ、知っているんだろう。聞かないでくれ」
「ねえ、そのCMなんだけど」
フジコはデスクトップの動画サムネイルをクリックしながら、わたしからそっとそろばんを取り上げた。
「どんなストーリーなのかしら?あなたどう思う?ちょっと変わっているのよ」
http://www.rogatis.co.kr/rogatis/cf/sub06_01.jsp
動画が始まった。
暗いプールサイドでスーツを着たままくつろぐ6人のモデル。
コーヒーカップ片手に寝椅子に凭れる者、階段に座って本を読む者、立ち尽くす者。いろいろいる。
「止めて、ここよ」
フジコが指差した先に、スーツを着たままプールに沈んだmichael camilotoの姿があった。
「なんなのかしらこれは」
「マイコーさ」
「そんな事分かってるわ。分からないのは、彼がスーツを着てプールに沈められるのはこれが初めてじゃないってことなのよ」
参考画像

「とりわけ沈めてみたくなるキャラなんだろうな」
わたしはそう呻くしかなかった。動画は続く。
くつろぐ野郎連中の間を縫うようにゆったりと、プールサイドを歩いてくる一人の男。マティアス氏登場である。
そしておもむろにプールの水面に足を踏み入れると、優雅に水上を歩き遠くを見わたしキメ顔。
ここにROGATISのロゴが被さってフィナーレとなる。
「とりあえずみんな仲良くはなさそうだね。全然打ち解けてない」
「そうなのよ。全員が腹に一物、って感じなの。殺伐としてるわ」
「図式としてはマティアス対その他・・・つまり「県警対組織暴力」の菅原文太と梅宮辰夫みたいなものだね」
「とくにマイコーのあの責めるようなガンタレは忘れられないわね」
「二度もプールに沈められてるんだろ?そりゃ機嫌も悪くなるさ。上島が喜んで熱湯に沈められるのとはわけが違うからね」
「ジェレミーのチラ見も無言なだけに結構怖いわよ」
「普段あんまりガーッと怒らないんだろう。このテはマジギレすると怖いよ。ジャンボ鶴田がまさにこれで」
「ルパン」
フジコが物憂げな仕草で動画の停止ボタンをクリックした。
「あなた、そろばんできたの?」
「いちおう有級者だよ」
「あら、素敵ね」
「フフ・・・みんなには言わないでくれよ」
「能ある鷹はなんとやら、ね」
「四級さ」
目の前に貼ったグッチのマティアス氏が今日もわたしを冷ややかな目線で見ている。
そろそろ洗濯でもしよう。いや、めんどいから明日でいいか。
2007年10月09日 │ Mathias lauridsen │ トラックバック:0 │ コメント:2
20071002
というわけで「マドンナのスーザンを探して」風にしてみたがどうですか(しらん)。
タイトルに名前が使われるようになれば大物の証、とはよく言うが他になにがあったか考えてみたところ、何の因果かまっさきに「えもやんの10倍プロ野球」に思い当たってしまった。皮肉なものだ。
さて世間はパリコレの真っ最中ということだが、メンズのほうは7月のアタマにとっくにパリコレを終えている。秋冬キャンペーンの顔ぶれが固まりつつある段階で春夏の予想をするにはまだ早いし、次のコレクションまでまだ三ヶ月以上もある。
ジャンプの「アゴなしゲン」だけ立ち読みし、日がな一日、「事件記者チャボ!」時代のどうでもいい水谷豊の画像を探したりする毎日がまた始まると思われたそんな昨今、海外のモード雑誌にマティアス氏が出ているという情報をキャッチした。


どうですかコレ。
誤解を承知で言えば、わたしにとってこの人は生命力という三文字から果てしなく遠いところにいるモデルだ。精巧なつくりもののようだといつも思うが、今回ほどそれを痛感したことはなかった。
それともうひとつ。
千鳥柄
黒手袋
カチューシャ
こんなにオンナオンナしたものを身に着けてここまで違和感のない男をわたしは知らない。
HUGOBOSSの「やや漢」な姿を見るにつけ、こういう線も残されているのかとひとまず安心するが、わたしはここ最近マティアス氏からどんどん男性性が抜けていくとともに、うっすらと毒気を感じるのが何やら空恐ろしいのである。
これは危惧というのでもないし、もちろん嫌悪でもない。
そっち側に行っちゃいかん、とわたしに少しも思わせないところが怖いのだ。
そうかそっちに行くのか、それもいいだろう。
ならとことん行ってみなさいグウェッヘッヘッヘ、とこんな調子である。完全にクレイジーだ。
中性的なモデルは他にも掃いて捨てるほどいる。
もっとdior hommeの望むモデル像にピッタリくる若いモデルもいることだろう。
でもこの一見透明感をアピっておいての静かな毒気を、この人以外の誰が出せようか。
こんなものを見てしまったらお腹いっぱいである。
わたしは、先日モデル辞典の中で彼を「正統派ゆえに面白みにかける」と書いた。
この写真を見て思い知らされたことがある。
「かける」のではなく、この人には初めからそんなもの「必要ない」のだ。
持ち駒の「本領」が強すぎる。
久々に圧倒された。
2007年10月02日 │ Mathias lauridsen │ トラックバック:0 │ コメント:7
| GAZETOP |
| このページの上へ |