20080401

マティアス氏・イン・ミラノコレクション〜ミッソーニ編〜

検証をせねばならないことが起きた。

オックスフォード発変態ディスコポップとなどと形容されるFoalsの音源を求めて、
わたしは平日の昼間っからアマゾンにてまたしても砂漠の旅人と化していたのだが、

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                 Foals/Antidotes

このジャケットを見よ。
遊びに来た友人には地味に見られたくない。
foalsさんあんたどうかしてるよ(いとう)

曲数やレートなどを斜め読みしながら購入を検討する。
そしてふと目線をずらしたその先に、わたしはそれを発見したのであった。

              ri.jpg

電気グルーヴの新譜らしい。
そう言えばモノノケがどうのというやつを出すとは聞いた。
それにしても気持ち悪い(褒)ジャケットである。
分かりにくいと思うので大きな画像を参照していただきたい。
これは白人の顔の中身だけをそっくり電気の二人に入れ替えて修正してあるらしい。

ここ何年かの修正技術というものに感心しつつも、わたしはまたすぐにそれを忘れ、ロイヤルトラックスのメンバーらしき人がバッファロー吾郎に似ていることとかを考え始めていた。

わたしは殿方のチャック丸開きに気付く確率がどういうわけか異常に高いのだが、
その一方、石野卓球の女装ジャケットに長年気がつかなかった節穴でもある。
今回もあわや見落とすところであった。

             Uitled1.jpg

このオールバックの人、たぶん撮影用に連れてきたモデルを使っているんだとは思う。これを見たあとで、

             Untitled5.jpg


どうだろう。
耳の形が違うし額の広さも違うが、正直言うと相当疑った。今でも疑っている。

マ氏「いやあ、CDのジャケットなんて初めてだよ。このスーツはランバンかな?」
カメ「青山です。あ、べつに下はパンイチでも構いませんので」
マ氏「カメラは見ないほうがいいのかな?」
カメ「いやいや撮影後にね、顔の中身は電気グルーヴに入れ替えますから」

考えてみればこれは、モデルマティアスの存在意義を根底からくつがえす珍依頼である。
(もうマティアスであるという前提で話してしまってるわたし)
おもしろい。じつにおもしろい。
それに電気グルーヴは海外で高く評価されているというではないか。
遠く離れた異国のマティアスとわが日本がようやく交わりを遂げた。
デンマークと日本。ワールドワイドな競演がここに実現したわけである。

そんな戯言はさておき、そのままの勢いでなだれ込んでしまいたい。


突撃!
となりのミラノコレクション!〜ミッソーニ編〜♪♪


というわけで、先の記事にも書いたとおり、出たのである。
ミッソーニに、マティアス氏が。
誰が予想したであろう。まさに自由人、アメフトに転向すると言い出した頃の若乃花を思い出す。
それでは四の五の言わずに画像で振り返ってみよう。

1.jpg
(クリックでデカ画像に)

まず驚かされたのが、上のルックである。
これがファーストフェイス、つまりこのルックのマティアス氏が先頭を歩いてミッソーニのショーは始まった。
ファーストフェイスをやること自体はべつに珍しいことでもないのだが、
初めてのミッソーニでいきなり頭から登場とあって、こちらとしては随分意表を突かれた形となった。
これはもしかすると、なんらかの形で今後も絡みがあると考えてよいのかもしれない。
そして二番目のルック。

25.jpg
(同上)

実は初めてこれを目にしたとき、正直に言おう、今更ではあるが、この両性具有的な佇まいに、ひいた。
マティアス氏がその中性的な外見で売っているのは周知の事実である。
しかしこれはあまりにもフェミニンではなかろうか。
このルックからわたしが連想するのは、寒い日のピアノの先生(女性)である。

そして実際に着ていそうなのは、と考えてわたしは愕然とした。
美川憲一、假屋崎、百歩譲って高見沢・・・。
まあとりあえず、仕切りなおそう。

わたしはしばしこの騙し絵のような”マティアス女史”を眺め、前向きに考えてみた。

モデルという職業が、衣服をデザイナーのイメージどおりに表現してみせるメッセンジャーのような仕事だとすれば
マティアス氏のある種の錯乱を覚えそうになるこの容貌は、正解であろう。
このオーバーサイズの淡い黄色のニットといい、優雅なドレープを描くベスト(?)の襟元といい、
チャック・ウィルソンヘンリー・ロリンズを意識して作られたようなものではないことは明らかである。
だからこそのマティアス氏であり、この女性性に大きく傾いた佇まいこそ彼なりのイメージの消化なのだ。

フェミニンな衣服をフェミニンに着て見せる演出力という点で、これは素直に評価してしまいたい。
キャットウォークにもいつもより磨きがかかって、もはやしのび(忍)の域である。
マティアス氏をヨイショするわたしの手腕もまた、ついでに磨きがかかってきたことは言うまでもない。

モデルとは言え人の子だ。
ランウェイがハケた途端に尻を掻いているかもしれない。酒の席ではコマネチのひとつもやるだろう(やりません)
だがそれが何だというのだ。ランウェイのわずか何秒かの間、ここまで化けてくれるだけで充分。
ザッツ・エンターテイメント。


こうしてわたしは有難さにむせび泣きながら、今日もまたバッファロー吾郎似のメンバーのことを考え始めている。

2008年04月01日Mathias lauridsenトラックバック:0コメント:4

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