プロローグ
わたしが一心不乱にフグ田マスオの声色を真似ていたのが午前三時を少し過ぎたころだった。
店内に響き渡るぴんぽーんぴんぽーんという来客を告げるセンサー音。わたしの指先はわずかに反って天を向き、硬直している。
「そのまま重心を踵へ、そしてつま先を天井に向けろ」
わたしは言われたとおり慎重に重心を移動させ、より一層指先をピンと反らせる。そしてふいにたった一言、こう発するのだ。
「……えぇ〜っ?」
フグ田が意表をつかれたときに繰り出すこの台詞とポージングの残像は、統計上でもほとんどの国民の記憶に残りにくいとされている。
つまり、どんなに高等に真似てみたところで滅多なことでは認知されない、という莫大なリスクを常に孕んでいるというわけだ。
「失格」
非情な批評が即座に下された。
「それはお前自身が驚いている声に過ぎない。フグ田では、無い。」
大佐の言葉はしごくまともで、わたしはうなだれるしかなかった。
裏声。 エレクトロニクス。 指先。
つま先。
海山商事。
浜さん。
東芝。
わたしの脳裏を、プロジェクトX調にさまざまなフォントの活字がかけ抜けてゆく。
「ダメだ大佐…わたしの低音には限界が…」
立ち読みをする客の背中ごしに突き出した「ビッグふ菓子」を食い入るように見つめてわたしはそう呻いた。ふ菓子とFUGAZIはたいへん似ているが、絶対今後なんのコラボレートもしないままお互い滅びゆくに違いない。しかしまた、それも人生なのかもしれなかった。
わたしのその空虚な心を見透かしたように大佐が呟く。
「stuka、諸星アタルの友達の名前を挙げてみろ」
「……メガネ、パンチ、チビ、パーマです」
「グッド。メガネだけで充分だ」
大佐はクールにそう言い放つと、野口英世の千円札を蛇腹状に折りたたみながら続ける。
「メガネの声を担当していた声優のこんなエピソードがある。彼はある時期、北斗の拳のナレーションの役とメガネの役を兼業していた。彼はその時代をこう振り返る」
わたしの目の前で、抜け作先生のように湾曲した野口の卑猥な目つきを示してみせながらなおも大佐は続ける。
「あのキャラはどちらもものすごくテンションが高い。一日で二つの役をこなさなければならない日、わたしは毎回絶叫に絶叫を重ね、気絶寸前に追い込まれたものだ、と…」
「大佐…」
「stuka、プロとはそういうものだ」
わたしは胸が熱くなるのを感じながら、異常な雰囲気におびえたように何も買わずに出て行かんとする客をちらりと横目で窺う。よし、トライアゲイン。わたしはまた両手の指先を天空へ向けて弓なりに反らせる。
「……えぇ〜っ?」
やがて唇をかみ締めていた大佐が沈黙を破った。
「stuka、他にやりたいキャラはないのか?」
「く…くぅ・・・・」
わたしの喉から思わず嗚咽が漏れる。大佐が慰めるようにわたしの肩に手を置いた。Stuka、何事にも限界はある。
「く、く…ぅ」
このままでは終われない。
そう、まずは自分を認めること。
西川きよしは「子供が三人おりますねん」と世間に向けて吐露することで、鳥人間や謹慎処分など何かとソロ活動の多い相方の存在感に押されぬようさらなる飛翔を計った。
わたしは今、何がしたいのか。それを言えぬうちはまだwho are you?…北京原人に等しい。
「く…くりがしら先生をやらせてください!!」
大佐はまだ、蛇腹状に折り畳まれた野口英世を眺めてニヤついている。
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わたしは結局、退勤とともにくりがしらへの情熱をあっさり失い、家路を急いだ。
帰宅してからまず始めることはパソコンの電源を入れること。
…などと言うと、いかにも仕事人のように聞こえるだろう。もちろんわたしもそのつもりで書いている。
だが実際パソコンを立ち上げて何をしているかといえば、坂田利夫のウィキから「阿呆」のページにスカイハイしてみたり、ジャック・ニコルソンのハゲ具合を時系列で追ってみたり、「ケツ顎 ジュード・ロ○」などと検索してみたり、何一つ生産性の高いパフォーマンスはしていないのが現状だ。
しかし。
このブログを始めたのには多少なりとも理由がある。
わたしにはこのくだらなさすぎるネット時間消費の一方で、誰から課せられたわけでもない特別な使命が存在するのである!
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2007年07月16日バカ
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